フレーム左上
フレーム右上

木村農園 みかんの歴史

〜みかんの歴史にふれてみます〜

みかんはどこで誕生したの?
 ミカン類の原産地は、約3000万年前の現在のインド、タイ、ミャンマーの周辺とされています。
 しかし最初に栽培を始めたのは、中国のようで、今から4200年前の文献にその記述が残っています。
 カンキツの品種分けの記載が、なんと約4000年前の中国の栽培史(橘誌)には、カンキツ品種を柑、橘、橙に分け、柑18品種、橘14品種、橙5品種とし、その特性までもが詳細に書かれているとのことです。
 非常に歴史のある栽培作物ですね。


日本のみかん(温州みかん)はどこからやってきたの?
 みかんの仲間は、世界でおよそ900種類があり、なかでも日本の温州みかんは、日本独自の品種です。
初めて歴史に登場するのは、およそ1200年前で、古事記と日本書紀には、「天皇の命を受けた使者が、不老長寿の果物として中国から持ち帰ったのが橘(たちばな)」とかかれ、現在のみかんの木の原形だった。
 そして400年前、突然変異によって日本独自の種無しみかんが誕生。中国の有名なみかん産地、温州地方にあやかって「温州みかん」と呼ばれた。
 鹿児島県の長島東町には約300年以上前の温州みかんの古木が見つかっています。当時は、温州みかんが「種なし」であったことから、縁起が悪いと敬遠され、九州の一部で栽培されていたにもかかわらず、温州みかんが、現在のように日本の温暖な地方で栽培されるようになったのは明治以降になってからです。
 「紀州みかん」「有田みかん」「愛媛みかん」「静岡みかん」など、日本各地にさまざまなみかんがありますが、実はこれらはみな温州みかんです。当園のある紀州田辺地方のみかんは、紀州みかんとよばれています。


紀州のみかんづくりはいつ頃から?

 和歌山県でのみかんづくりのはじまりにはいろいろな説があります。
 有田地方には、1492年にみかん(たちばな)が見つかった。また1574年に九州からみかんの苗木を持ち帰ったという二つの記録も残っています。
 いずれにしても、紀州ではでは400年以上も前からみかんが作られていたことになります。
今では、全国各地で和歌山県のみかんが販売されていますが、初めて東京にみかんが送られたのは1632年で、有名な紀伊国屋支左衛門があらしの中、海をわたり、江戸(東京)にみかんを送り大成功したのは1685年のことといわれています。




フレーム左下
フレーム右下